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はじめて詩を投稿したころの話

人目につかないコインパーキングならたくさん知っていた。広すぎて閑散とした、ショッピングセンターの無料駐車場も。営業車のシートを倒し、横たわると、眠たくもないのに眠ることができた。

 

20代前半のころ、新卒で入社した地元の地域情報誌で働いていた。「何かを書く仕事がしたい」という漠然とした志望動機で、複数の新聞社を受け、ことごとく落ちて、なんとか滑り込んだのがその会社だった。

肩書きは「記者」でも、仕事の大半は広告営業だ。狭い担当エリアの中を一日中車で移動し、飲食店や整体院、工務店、学習塾、病院などに広告掲出を薦めて回る。めぼしい建物を見つけては、飛び込みで営業をかける。

知らない大人に顔をしかめられる。優しい人には、それとなくたしなめられる。今まで避けてきたこと、通らずに済んできたことを、毎日絶え間なく、するしかなかった。つらくてやりたくなくても、ほかの方法を知らなかったし、知ろうとする向上心も持たなかった。

 

夕方、会社に帰って、夜遅くまで記事を書く。その多くは、記事の形をした広告だった。書きたいことなど何もなかったけど、おもしろいと思えないことを書きつづける毎日は退屈だった。

でも、退屈には慣れる。

 

車の運転にも慣れた。

おそらく今後の人生において、このころ以上に運転がうまくなることはないだろう。

就職直前にギリギリで運転免許をとり、はじめはぎこちなかったハンドル捌きも、毎日乗り回すうちになめらかに、迷いがなくなっていく。

通勤では高速の追い越しレーンを飛ばし、営業では繁華街の中の、狭いコインパーキングに難なく駐車した。

思えば当時、営業車は、自分の思ったとおりに動いてくれる数少ないものの一つだった。

ここでは誰に咎められることもない。何かを提案したり、報告したりする必要もない。

事故でも起こせば簡単にひしゃげそうな型落ちのアルトが、当時の僕にとって、もっとも避難場所として目ぼしいものだった。

 

ずっと、車の中にいたかった。駐車場に詳しくなったのは、つまらないことで忙しい毎日から逃げて、隠れるためだった。

同じエリアを回る上司にも、先輩にも、取引先にも、見つからない場所。そういうことばかり、覚えが良かった。

やることが済んだら、昼寝をする。本当にこのころは、昼寝ばかりしていた。

本を読むこと、音楽を聴くこと、映画でも観てみること、そういう楽しそうなことでも、何か新しいものを自分の中に取り込むことができなくなっていた。

 

 

学生時代の友人に「midnight press」というweb上の詩誌を教えてもらったのは、このころだった。誌上で「詩の教室」がはじまり、投稿詩を募集しているという。

 

取り込むことができなくても、吐き出したいものはたくさんあったのだろう。

シートを倒した営業車の中で、帰って倒れ込んだベッドの上で。どれくらい時間をかけたのかは覚えていない。とにかく初めて、僕は詩を投稿した。

 

http://www.midnightpress.co.jp/mpweb-7.pdf

 

運が良かったのは、それが詩の「教室」だったことだろう。何百もの応募作から掲載作品が選ばれる、いわゆる「投稿」ではなく、必ず講評がついた。

しかも、第一回ということで、特別に全ての投稿作品が誌面に掲載されたのだった。

 

やたらと饒舌な、若い詩。

でもいかに拙く、幼くても、講師の小林レントさんは、丁寧に読み込み、コメントしてくださった。それも初回だけではなく、できる限りの紙幅を使って、ほとんどいつも。

 

画面に映った自分の名前や、詩そのものを見たときの気持ちを、僕は正直、覚えていない。でも、あのとき、あのように詩を書かなかったら、送る場所がなかったら、掲載されなかったなら、何もコメントをもらえなかったら、もしくは貶されたり、ただ誉められたのなら、今僕は、詩を書いていないだろう。

 

ただ誠実に読んでくれる人、耳を傾けてくれる人がいることに、僕は今まで、何度も救われてきたけれど、このときのことは僕にとって、特別なことだった。

その頃、そんなふうに思わなかったけれど、僕はあのとき、今の世界につなぎとめられたのだ。

 

働くことは、慣れていくことに近い。

そのうち慣れる、と言っては、慣れられないものは見放されるか、見過ごされていく。

だから慣れることのできないことや、慣れたくもないことに直面するたびに、身がすくんでしまう。またか、と思う。

けれども、またシートの横のレバーに手を伸ばそうとも、寝転がって、起き上がれなくても、詩を書くことはできる。いかに下手で、つまらない詩でも、嘘でも道化でもないことは、ちゃんとわかってもらえる。

 

僕はあのころ、midnight press詩の教室で、そう教えてもらった。